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永遠の謎!世界の未解決事件ランキングTOP10

みなさん、こんにちは!この世には、人々を長年にわたって釘付けにしてきた不思議な事件が数多く存在します。目撃証言や証拠があっても、真相がまったくつかめない――そんなミステリーが世界中から集結!今回は、歴史に名を刻む「未解決事件」のトップ10をご紹介いたします。奇妙で不可解な出来事をぜひお楽しみください!

第10位:フラナン諸島灯台失踪事件 (Flannan Isles Lighthouse Mystery)

By JJM, CC BY-SA 2.0, Link



1899年末、スコットランド沖のフラナン諸島にある灯台で、灯台守3人がまるごと消えてしまった事件です。食事の用意が途中のまま、まるで時間が急に止まったかのような不可解な現場。捜索隊が到着したときには、灯台には誰もおらず、最後に残された日誌には意味深な言葉が記されていたとか。嵐に巻き込まれた、何者かに襲われた…さまざまな説が飛び交っていますが、真相は闇の中。今でも謎に包まれたままです。

第9位:イスダルの女事件 (Isdal Woman)

By Stephen MissalNRK – Do you remember this woman?, Fair use, Link



1970年、ノルウェー・ベルゲン郊外のイスダル渓谷で、正体不明の焼死体が発見されました。被害者の所持品からは複数の偽名、切り抜かれたラベル付きの衣服、謎の暗号めいたメモなど怪しい痕跡が続々。CIAやKGBのスパイ説から、地元犯罪組織との関わりなどさまざまな推測が飛び交うものの、公式な身元はまったくわからないまま。21世紀に入ってからDNA解析も試みられましたが、いまだに“イスダルの女”の正体は一切不明なのです。

第8位:タマム・シュッド事件 (Tamam Shud Case)

By Omar Khayyámhttp://blogs.smithsonianmag.com/history/2011/08/the-body-on-somerton-beach/, Public Domain, Link



1948年、オーストラリア・アデレードの海岸で発見された謎の男性遺体。所持品も身元証明書もなく、ポケットには「tamám shud(ここで終わり)」と書かれた紙片。これが有名なペルシャ詩集「ルバイヤート」から切り取られたものと判明すると、一気に怪しさ満点!さらに、暗号や謎の電話番号、近くで見つかったスーツケースなども見つかり、諜報活動説やロマンス説まで飛び出す始末。どれも決め手に欠け、真相はまったく明らかになっていません。

第7位:ヒンターカイフェック殺人事件 (Hinterkaifeck Murders)

By Andreas Biegleder. According to a letter from the City Archive of Munich from October 2, 2013, number 3053/3231.0, Andreas Biegleder was born 1880-10-25 in Ergoldsbach and died 1954-05-14 in Munich, last address from 1953-04-17 Munich, Weltenburger Straße 3/I. – http://www.theater-nandlstadt.de/hinterkaifeck/images/01hof.jpg, Public Domain, Link



1922年にドイツ南部の農場で起きた集団殺人。家族6人が次々に何者かに襲われるという衝撃的な事件でした。驚くべきは、犯人は大量殺人後も数日間、その農場で生活していた形跡があったこと。動物の世話や食事をとった形跡まであったといいます。農場主の人間関係をめぐる殺人か、はたまた外部からの侵入者か。当時の捜査では有力な容疑者にたどり着けず、ドイツ犯罪史に残る極めて不気味な未解決事件として語り継がれています。

第6位:ディアトロフ峠事件 (The Dyatlov Pass Incident)

By Дмитрий Никишин.The original uploader was Futball80 at Russian Wikipedia. – Transferred from ru.wikipedia to Commons.(Original text : Own work), Public Domain, Link



1959年、旧ソ連・ウラル山脈北部にあるディアトロフ峠で、若い登山隊9名が不可解な状況下で死亡した事件。テントは内側から破られ、隊員たちは雪原へ半裸状態で逃げ出していた形跡があったのです。さらに、一部の遺体からは放射線が検出され、奇妙な外傷ややけども確認されました。雪崩説や軍事実験説、超常現象説など、あらゆる推測が飛び交っていますが、どれも決定打がなく、今なお完全な答えは得られていません。

第5位:マデリン・マッカーン失踪事件 (The Disappearance of Madeleine McCann)

By The source is Kate McCann, Madeleine: Our Daughter’s Disappearance and the Continuing Search for Her, Transworld Publishers, 2011, between pages 352 and 353.The copyright holder is Madeleine’s Fund, which commissioned and published the image in 2008. It was created by a forensic artist working for the Fund and is based on a description given by Jane Tanner, a friend of the McCanns, who saw a man carrying a child at 21:15 hours on the night of the disappearance. She saw the man very close to the McCanns’ apartment, 45 minutes before the alarm was raised. The image has no commercial value and has been widely published and discussed.The Tanner image has become an iconic representation of the investigation into her disappearance. An innocent man stepped forward to say he was probably the man in the image, although it is not known when this happened. Scotland Yard detectives photographed the man in the same clothes and pose as on the night of the disappearance; the clothes his daughter was wearing also matched Tanner’s description of the child she had seen.The image is therefore discussed now as a possible mistake that may have been made, which led detectives in the wrong direction for several years and gave them a false timeline. See here for an example of the coverage about the image. Also an article here about this image’s relationship to another one of a possible suspect. Discussion in the Wikipedia article here and here. The lead investigator for Scotland Yard described their decision to rule the image a red herring as a “revelation moment”: “DCI Redwood said it was a ‘revelation moment’ when police discovered that the man seen by McCanns’ friend Jane Tanner at 9.15pm was almost certainly an innocent British holiday-maker collecting his two-year-old daughter from a nearby creche.” , Fair use, Link



2007年にポルトガルのリゾート地で起きた幼児失踪事件。イギリス人家族の3歳の娘、マデリンが就寝中にホテルの部屋から忽然と姿を消しました。世界中のメディアが大々的に報じ、両親にも疑惑の目が向けられたり、誘拐説や人身売買説などあらゆる説が取り沙汰されましたが、いずれの有力証拠も決定的には至らず。SNSの普及もあいまって、世界中の人々の注目を集め続けていますが、未だ“マデリン”は見つかっていません。

第4位:ブラック・ダリア事件 (Black Dahlia)

By FBI / CPD – http://www.clevelandpolicemuseum.org/torso4.htm – Cleveland Police Museum., Public Domain, Link



1947年、アメリカ・ロサンゼルスでエリザベス・ショートという若い女性が残酷な姿で発見された事件。当時のマスコミが彼女を「ブラック・ダリア」と呼んだことで有名になりました。犯行のあまりの残虐さに市民は震撼。初期の報道合戦によって捜査は錯綜し、無数の容疑者が名乗り出るなど混乱を極めました。映画や小説の題材にもなりましたが、いまだに犯人像は確定できないまま。ハリウッドの闇を象徴する事件として語られています。

第3位:D.B.クーパー事件 (D.B. Cooper Hijacking)

By FBI Sketch Artist Roy Rose – FBI.gov, Public Domain, Link



1971年、アメリカ・ノースウエスト航空の旅客機がハイジャックされ、身代金を受け取った犯人がパラシュートで空中脱出した事件。身元を「D.B.クーパー」と名乗ったこの男は、その後、まるで煙のように姿を消しました。捜査の長期化にもかかわらず、決定的な証拠や目撃情報は乏しく、FBIもお手上げ状態。川で一部の身代金が見つかったものの、本人との関連を示す確固たる証拠はなく、まさに「完全犯罪」として伝説化しています。

第2位:ゾディアック事件 (The Zodiac Killer)

By San Francisco Police Department – http://www.nydailynews.com/news/notorious-serial-killers-american-history-gallery-1.2572279?pmSlide=1.2572275, Public Domain, Link



1960年代後半から70年代初頭にかけて、アメリカ・カリフォルニア州で連続殺人を行ったとされる“ゾディアック”と名乗る人物の事件。犯人は新聞社や警察に挑戦的な暗号文や手紙を送りつけ、一部は未だ解読されないまま残っています。被害者の数や動機、そして犯行手口の奇妙さが世間を騒がせ、捜査当局は膨大な容疑者リストと格闘しましたが、真犯人は特定されず。未解決事件としてはあまりに有名で、映画や書籍でもたびたび取り上げられています。

第1位:切り裂きジャック (Jack the Ripper)

By R. Taylor (R. & E. Taylor (Firm)) – “Illustrated London News” , Public Domain, Link



1888年、イギリス・ロンドンのイーストエンド地区で女性が次々と惨殺された一連の事件。犯人は“ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)”と名乗り、当時の新聞社に手紙を送りつけ、市民を震え上がらせました。複数の目撃情報や容疑者が挙がるも、誰もがいまひとつ決定打に欠ける状態。医学的な知識があったのではないか、貴族説や画家説まで飛び出し、今なお探偵や研究家が新たな仮説を提唱し続ける永遠のミステリー事件です。

まとめ

いかがでしたか?一口に「未解決事件」といっても、その背景にはスパイ活動説や未確認の科学現象説まで、さまざまな推理が渦巻いています。まるで推理小説のように、人々の想像力をかき立てるこれらの事件は、現代技術をもってしてもなお真相を解き明かせないまま。新たな証拠や証言が見つかるたびに、好奇心はますます刺激されます。みなさんもぜひ、真実を求めて想像の翼を広げてみてください!